うるおい #03

香りをやりたいな

APOTHEKE FRAGRANCE 菅澤圭太

APOTHEKE FRAGRANCE 菅澤圭太

香りって、うるおい。

その香りを一つ一つ、 手作りしている圭太さん。

アポテーケのキャンドル、 きらさないようにしなくちゃ。

アラブストリートから。

最初に香りをやりたいな、と思ったのは24の時なんで、13年前ですかね。

当時アパレルの仕事をしていて、海外へ行くことが多くて。ニューヨークとかシンガポールとか…アジアの都市にも行っていたんです。

ニューヨークのハーレムの隅っことか行くと、アラブ人街があって、そこでお香やオイルを売ってるんです。シンガポールのアラブストリートでは、アラブ人のおじさんが香料や香木と言われる、香りのする木を販売していて。その場で調合したりするんです。

今考えると、もうできている香料をちょっとだけブレンドする、みたいな感じだと思うんですけど、そういうのを見てて「こんな文化、日本にないな」と。もともと香水が好きだったわけじゃなく、そういう、アラブ人のお店の見え方が好きだったんです。

あこがれの香料店。

まず見た目が、鏡とガラス張りで。棚板もガラスで、裏がミラーになってるんですよ。ウィスキーのクリスタルのボトルの、ちょっと派手めなやつに香料が入っていて、それがずらーって並んでる。カウンターも香水瓶で埋め尽くされてて。ちょっとターバンを巻いてたり。

そこに髭もじゃのおじさんが立ってる。入ると紅茶を出されて、「おまえどんな香りが好きなんだ?」と。いろいろ面接みたいなのをやって、「これだ」みたいな。得意げにブレンドしはじめるんです。それで「お前の香りだ」って、渡される。香料店の中は、とにかくごちゃごちゃしていて。

夜な夜な検索の日々。

洋服屋を辞めた時に、借金があったので、プラスチックの原料商社に就職してしばらく働いてたんですが、暇なんです、とにかく。借金を返すためだけだったんで、仕事が終わったらどこにも行けないし、お金もないし。

それで、ずっとネットでアラブストリートのおもしろかったことを検索してたんです。「どうやったら香料を買えるのか?」とか。

ただ、香りが有機化学だということが、まずわかってない。自分でキャンドルを作ろうと思っても、何もわからない。アラビアから仕入れてきた香料をキャンドルにしようとすると、まあ上手くできなくて。表面がぐちゃぐちゃだったり、火をつけたら数十秒で全体が燃えちゃったり。

「これできないじゃん!」と思った時に、何が原因かというのは、単純にブレンド率だろうと。火をつけても燃えちゃったり、匂いがしなかったりというのは、そこが根本的にわかってないからじゃないか、と思いました。

自分で作って。

プラスチックの原料商社は、自分が売っているものがどういう製品になっているか、わからなくて。何をやってるのかわからない状態で、そういう商売って、自分には向いてないんだな、と思ったんです。やっぱり自分で作って、自分で売りたい。

香りを作りたい、と思った時に、アラブの香料屋で修行するとか、選択肢はあったんですが、たまたま香料会社で、製造で募集している会社があったんです。天然香料といわれるものを世界中から仕入れて、日本の香料会社に販売している会社でした。

アラビアっぽい雰囲気に惹かれて…みたいなことを面接でも話したんですが、ぽかーんって感じでしたね。僕はちょっと違う感覚で入っちゃってるんだな、というのが最初でした。

すごく勉強熱心な。

フランス、アメリカ、インド、インドネシア、中国……本当に色々な国から仕入れていました。出張で抽出工場へ行かせてもらって、スマトラ島の奥地やインドのマイソールの方とか、サンダルウッドを作っている工場だったり。

今の〈アポテーケ・フレグランス〉みたいなことをやりたい、と決めていたので、時間が空いたら香料の勉強をしていました。会社で化学の辞書を調べたりして。そういうことを好きにやらせてくれたんで、よかったです。

社長に「勉強熱心だから、これもやってくれないか」なんて言われて、やっていましたね。パンフレットを作ったり。もちろん仕事でやらなきゃいけない知識もあるんですが、「どうやったらキャンドルに結び付けられるのかな?」って。〈アポテーケ〉の製品のことばかり考えていました。

上司にも「これ、キャンドルだったらどうやって作るんですか?」とか、遠回しに聞いたりして。「ただ入れれば、香りが出るものじゃないんですよね?」みたいな…(笑)

1年で10種類の香り。

会社に入ったのが2010年で、2011年にはもう〈アポテーケ〉を立ち上げたんですよ。最初ね、キャンドルは10種類だったんです。それは1年で作れたんです。まず10種類、と思って。フローラル、木の香り、フルーティとか。

香料会社は、しばらく辞めるつもりなかったんです。「辞めてたまるか!」って。だって、いくらでも試せますから。自分で調合するなら、最終的には3000種類ぐらいの天然香料と合成香料を揃えないといけないな、と思っていました。給料と、キャンドルを売ったお金で買い集めていったんです。

香料って、1キロで10万円とか30万円とかザラなんですよね。ドラム缶で買わなきゃいけなかったり。そんなお金はないんで、少しずつ会社から分けてもらったり、世界中のメーカーに「少量で売ってくれないか」なんてやり取りをしながら。

7年経っても揃ってないですね。僕は昔、DJをやっていたんですが、レコードを集めるのと香料を集めるのって、自分の中では一緒のように感じています。

小さいながらも。

香料会社に入ってわかったのは、どこのメーカーも自分で調合してないな、ということなんです。もうできている香りを香料会社から買って、製品にしているな、というのがわかって。誰も香りを調合していないんだったら、僕がそれができる環境にいるな、と思ったんです。

その頃に、たまたまニューヨークに行ったんです。〈マストブラザーズ・チョコレート〉みたいに、小さな工房から世に出している人たちが出始めていて…。ああ、やっぱり、自分のところで生産してやっていこう、と。抽出は日本という国ではできないけれど、原料を買って自分で調合して、製品まで作ろうって。それは、一つのブランディングとしてやっていこう、と思ったんです。

結婚式の引き出物。

最初から、キャンドルの反響はよかったんです。僕の親友の結婚式に引き出物として作ってあげたら、そこから広がっていったんですよ。ティンキャンドルで、当時はラベルが黒かったんですが。あれは夏だったので…今はないんですけれど、サマーブリーズっていう香りだったのかな?

たまたま、そういうものが好きな方々が手に取ってくれたみたいで。ずっと取引させていただいている〈アクメ〉という家具屋さんの、当時の社長さんの手に渡って…、どんどん口コミで広がっていって。こちらは掛け持ちでやっていたんで、夕方の17時までは香料会社で勤務してるので、夜やるしかないんです。

7年しか香料会社にいなかった、というのは、お恥ずかしい話ではあります。いずれ僕がいなくても〈アポテーケ〉がまわっていく状況になったら、また香料会社で勉強したいですね。20年くらい働いて、はじめてマスターと言えるのかな。

こちらで言葉にしないで。

今は35種類の香りがあるんですが、僕がほんとうにやりたいのは何百種類なんです。そういうラインナップにしたくて、ようはかっこつけていない香り屋さん。ものすごい種類があって、それぞれが好みで決めてください、って。僕は量で提案するから、あとはもう、お好きな香りを選んでくださいって。

言葉で「こういう香りです…」と説明してしまうと、みんなそれだけで買っちゃうから。匂いっておもしろくて、感想を聞くと人それぞれ違うんですよ。「なになにくんちの家のトイレの匂いだ!」とか。「くさい!」って言う人もいるし。

そうやって想像して楽しんでもらえたらいいんじゃないか、ってちょっと思ったことがあって、あんまり説明書きやストーリーを入れないんです。処方箋のように、香料の核となる成分だけを書くようにしています。今はそうしていますね。

薬局みたいに。

〈アポテーケ〉という名前は、自分で付けましたね。香料について学んでいると、でてくる言葉だと思います。香料の原料っていうのは、もともと薬草から来ているんで。薬局も昔は、ヨーロッパの方では薬草を調合して出していたという歴史があって。

最初に知ったのは、ニューヨークに〈アポテーケ〉っていうバーがあって。チャイナタウンのアヘン窟があった場所を改装して、アブサンとかそういうリキュールをだすバーがあったんですよ。そこに行った時に、「この名前おもしろいな」って。ボタニカルな感じもあって…。ジンとかラムとかって、蒸留するじゃないですか。香料とつながってますよね。

鼻の練習。

あの、くさい匂いにはかなり敏感になりましたね。「これ、なんの臭いなのかな?」って。たとえば、コーヒーもピラジンって香りの成分なんですね。ここでピラジンを扱うようになると、「あ、これコーヒー…」って。

トレーニングですね。鼻がいいとは思わないです。ただ覚えるだけですね。僕もやっぱり忘れちゃうんで。最初、香料会社に入った時、ひたすら毎日ずーっと嗅いでいたんです。日課表があって、ひたすら朝から繰り返し。かならず処方箋を作るんですけどね。自分で調合する時は、かならずそうします。

いつも迷いながら。

なんか、へんな仕事に片足突っこんじゃったな、って後悔はしてますよ。金と手間がかかるなって……。僕みたいなあんちゃんに始められるようなことじゃなかったんだなって……。

たぶん、きれいなイメージがあるじゃないですか。ほんとは違うんです。体力仕事で、ドラム缶回さなきゃいけなかったり。釜で溶かして、ビーカーで香料と蝋を一つにして……。これは野田琺瑯なんですが、やっぱり琺瑯がいいんですよ。重いんだけど、匂いが移らないから。IHも使えるし、けっこう便利なんですよ。

そこのグレーのボトルは香料専用なんですが、かっこいいなって思いながらやってますね。最初は香りからだったけど、こういう道具とか、パッケージにも惹かれていって……。あんまりその、僕が今やってることって、モデルケースが少ないので、たしかにいつも迷いながらやってる、っていうのはあります。そのうち、アラブ人っぽいお店も、やりたいですね。

菅澤 圭太(すがさわ・けいた)

APOTHEKE FRAGRANCE ディレクター

1980年生まれ。千葉県出身。2011年にブランドをスタートし、香りを中心にモノ作りを行う。

www.apothekefragrance.jp

ぼくの好きな香り

Fir Balsam
個人的にとても好きなモミの木の精油。甘く爽快なファーニードル用の森林調の芳香がする。
Rock rose (Cistus)
甘くて深みのあるアンバーグリス調の香気をもつ、スペイン産のラブダナムという植物を自体を水蒸気蒸留したオイル。昔、羊飼いがこの植物の自生する原野を走り回った羊の毛を梳いて、付着しているラブダナムを採取したといわれている。ツタンカーメンの顎ヒゲは、実はこの羊の毛についたラブダナムの樹脂ではないかとの噂も。
Patchouli
ウッディーノートを想起する、湿気、苔、土埃、東洋的な香り。スマトラ島を訪れた際、街中の路上でペットボトルに入れられ販売されていたのが印象的でした。
Possess
APOTHEKE FRAGRANCEの代表的なオリエンタルウッディーな香り。オイルをそのままオイルバーナーで揮発させて楽しんでます。
Epice Marine
Hermesの専属調香師ジャン=クロード・エレナが制作した香水。クミンとマリンノートが特徴の、ドライな香水。2013年に発売してから、ずっと愛用している香水です。
Salvia
日本のレザープロダクトブランドのHender Schemeさんと共同で制作させていただいたCLARY SAGEをモチーフにした香りです。

のんちゃんの一言

みつわ台のアトリエで写真を撮りながら談笑していたところ、ふらっとおじさんが入ってきて、「ここは何なんですか?」と仰っていました。うん、入りたくなっちゃうよね。何か秘密の面白いことをやってそうな、そういう場所でした。

Text:
necomimi
Photo:
Takeshi Abe
Date of publication:
July 12, 2017