蜘蛛打つて
暫心静まらず虚子
私の妻は「蜘蛛は益虫なのでやさしくするように」という主義なので、この家の壁や窓のレールなどに見つかる小蜘蛛たちは安泰なのです。昨年の夏には繁栄してぷっくり育ったものもいて、私は潰さないようティッシュに包んで外へ出すこともあった。この句は「蜘蛛を潰したらしばらく心が静まらない」という詩で、それだけのことだけど、だれもがこういう居心地の悪くてすぐに忘れる感情を知っている。それは暫くの間だけど、この間がまったく無くなるのは奇妙なことで、罪悪感はある。忘れるためにあるような時間に情緒を感じるのは、「蜘蛛」が夏の季語だからで、ここから想像すると、屋根から熱を帯びるような家の日陰でかれらと邂逅してしまった時の、おののくような感じ、秘密めいた感じ、静かな感じがスライスされた小風景だと思う。