扇風機
何も云はずに
向けて去る汀女
家族や恋人が居るところへ来て、何も言わずに扇風機の傾きだけかえて去るという、そんなやり取りもある。けんかしてる時なんていいかもしれない。
今日は一ヶ月のサンフランシスコ旅行から戻って最初の心療内科の日だった。東京に帰ってから予約し直すのにずいぶん間が空いてしまった。ぼくは先生に無事を報告し、あらためて今度の滞在について説明した。新しく始めた会社で主に書くことが仕事になったから、どこにいても働けること。バークレーの友人のいとこの家を借りられたこと。先生はこれまでもメモを取っていたのでおおよその話は知っている。それでも時々ごく自然な雰囲気で質問し、事実関係を確認した。ぼくはそれに答えながら、たしかにこれって患者が語る夢みたいだな、と思った。こんな嘘にだまされて睡眠薬を一ヶ月分も処方してしまうことだってある。自分でもだんだん嘘をついてるような気がしてくるのだった。「秋にまた行くつもりです」と言うと、先生は「日本人は狙われやすいからね」と以前と同じ様なことを言った。「通りが一本ちがうだけで危なくなるからね」と小心者のぼくに早くも警告するのだった。