わが家の暮し

夕顔に立ちてわが家の暮し見ゆ

汀女

庭先の、夕顔の側に立って灯のともる居間を見るという、そんな風景が浮かんだ。闇に浮かぶ人の暮し。なんだかこの夏はずっとそんなイメージに惹かれている気がした。夜道の窓。この詩は自分の家の庭、というのがまたいい。庭って、内のようで外のようで。夕顔の目線に立ったら、わが家の暮しが人ごとのように新鮮に映る、なんてことがあるかもしれない。思うに、汀女ってそういうところ、あるかも。「暮し」の内でかがやくばかりに充実していたのに、ふと気がつくと外の人になっている、みたいな。闇の、というか自然の側から見ている。明かりの下に居ながら暗い所にもいける、みたいな。こういう人になりたいものです。一人ぼっちだとか、寂しいとか口にしないんだろうな。それは知っていながら、ちゃんと家の中に戻ってくる人。夜の冷たさに一度ふれて、何ごとも無かったように夕餉の準備なんてしちゃう。往復できる人の暮しかた。

@hellofukei

小風景