ラルフ・ローレン氏

ヤンキースタジアムは、マンハッタン島の北のブロンクスという地区にあり、僕の泊まっているところが総武線の小岩だとするなら、大雑把にいえば東中野くらいの近さにある。どこの都市でもそうかもしれないが、ニューヨークにいるといつも「東京だったら」と考えてしまう。帰りが遅くなるのを心配して、僕はちゃんと火曜日の昼に始まるボストン戦を予約しておいたのだが、その日は雨が下から吹き上げるような大荒れで延期になった。一枚一二〇ドルもした券はどうなってしまうんだ、と外国にいるとこんなとき不安になります。よく読んだら、雨天中止(Rain Out)は好きな試合に振り替えられるとのことだったが、その手続きはヤンキースタジアムの窓口でしなくてはいけないらしい。オンラインで買ったのに、なんか不便だなと思った。西海岸だったら(サンフランシスコなら)これはないと思う。融通が効かないな、とか、古いなあ、と思うことが時々ある。たとえばクレジットカードはいくら以上、みたいな張り紙を見ると、一昔前って感じがする。あとね、言葉は確実にちがいますね。ニューヨークの方が早口だし、素っ気なく言い捨てるところがあって都会らしい。こっちの人は「Cool」ってよく口にする。それもね「かっこいい」という意味よりは「あいよ」とか「あっそ」みたいな風情。ま、そんな訳で、調べてみたら木曜日の予告先発はタナカだったから、「ほんとにこれ取り替えてもらえるんかいな」と心細くなりながら東中野まで行ったよ。はじめてのヤンキースタジアムは、まずロケーションがすばらしい。壁の煤けた団地と、深緑の線路の高架と、上品で美しい球場。窓口の女性は小柄な、東欧系を思わせる顔立ちだったけれど、見るからにこちらにはピンとくる、野球好きな人で、「火曜日の券を持っているんですね、あと四〇ドル追加すれば今夜の席に換えられますよ」と言った。ふたりで三万円近く支払って三階席というバビロン価格に恐れおののきつつ、入場してみるとやっぱりそれは最前列で通路側という「わかっている人」の差配してくれた席で、タナカの背番号は眩しく、なにより始球式にあらわれたのは、地元ブロンクスで生まれ育ったファッションアイコン、ラルフ・ローレン氏だった。わあ、本当にいるんだ、と思っちゃった。

小風景