年初のリモート会議で「今年の抱負は完璧を目指さないことです」と言ってみたら、思いのほか共感してもらえたようである。
普段からぼくが背伸びをして、知らず知らずのうちに基準点を引き上げがちなのを知っているメンバーだからかもしれない。「それはいいね」という雰囲気になった。
もう何年も、完璧を目指さないように心がけてきた。自分にとって身に染みついた心がけだが、なんとなく改めて口にしたくなったから、言ってみた。
ぼくにとって、このモットーとともに湧いてくるイメージは、もさもさと不均一に茂って随所に図々しく野草が生えている芝生である。手入れの行き届いていない庭。
ぼくらのお客さんでもある造園家の松田行弘さんの著書を読んでいたら、芝生のコツとして「絨毯のように美しく育てようと思わないこと」と書いてあった。
これを見たとき、目から鱗が落ちた。なぜなら、新居の芝生ほど人に完璧を目指させるものはないからだ。ぼくは庭のある家に引っ越したばかりだった。
松田さんの本を読むと、お庭屋さんは思い通りにいかないことをあらかじめプランに入れてデザインしていることがわかる。ご自宅のお庭でも、春まではきれいに咲いていた花が急に枯れてしまい、驚くことがあるという。
でも、そんな過程も楽しいものなのです。枯れたことは残念ですが、新しい植物を植えるスペースができて、今度は何を植えようかなと選ぶときの楽しさ。新たに買ってきた樹木や野菜の苗がその場所で育った姿を想像するおもしろさ。花が咲いて実が生り、子供と一緒にその実を採って食べることができる喜び。
ー『庭と暮らせば』松田行弘(グラフィック社)
このくだりが好きで、ぼくはたまに読み返す。
話は少し変わるけど、ぼくらが事業を始めてから六年が経った。お陰さまで毎日が自由である。ささやかなビジネスがこれからも続くよう、ぼくは常に気を配っている。日々学ぼうと努めている。
ぼくにとって起業のお手本はいくつかある。
たとえば、上場に向かってすばらしい時間を過ごしたIT企業の創業者たち。かれらは不滅の模範である。若い頃から、ミクシィの笠原さんやはてなの近藤さんといった同世代のアイコンの薫陶を受けてきた。
思えば、贅沢なメンターである。
あるいは、ブランドを立ち上げたり物作りをしている自営業の友人たち。かれらは勘が鋭く、慎重である。そして、お世話になっているお客さんの会社こそ得がたいお手本だ。ぼくは顧客のビジネスから学ぶのが好きだし、そういう時はおどろくほど謙虚に事物を観察している。
だけど、他にもメンターがいる気がする。
それは、手入れの行き届いていない自宅の庭である。
たとえば、鉢植えのハーブから風で飛ばされた種が、門柱の陰に根付いて信じられないほど繁茂していた。鉢の方はしおれてしまったのに、こちらはシジミチョウの居住区になったようで、郵便受けを覗きに行くたび、初冬なのに無数の蝶が舞い上がった。
そんな様子を見て、ぼくはビジネスのことを類推する。
アイデアを思い付き、隠れた道理に気が付く。もちろんどんな事象からでも仕事に置き換えて学べると思うのだが、なぜか植物が教材としてもっともふさわしいと感じる。かれらはなんというか、ふてぶてしいから。
うちの高麗芝は今、黄色く冬枯れしている。それでも、散歩の出掛けに眺めてみると小さな変化を見つけることができる。コートを羽織ったぼくは腰をかがめて「なるほど、こういうこともあるか」とか「え、まじで」とかブツブツひとりごとを言っている。けっこうたのしい。