うるおい #02
別府のはなし
青柳文子
扇山
別府は、街全体から山が見えるんですよ。扇山っていうのがあって、ずうっと見てました、授業中。ロープウェイがあって「あれがあと何回往復したら授業終わるかな」って。そういうのを考えながら見てました。ふるさとの風景……原風景です、自分の。
湯けむりが出てるのが、すごいですよね。外の人から言わせると「火事?」みたいに言われるんですけど、住んでるときは全然意識してなくて。この山は年に一度野焼きをして、この色になるんですけど、冬に焼いたら夏には若い草が生えて、綺麗な黄緑色になるんです。野焼きの時は山一面に火が血のように広がって。別府の一大イベントみたいな感じです。
硬筆の大会
小学校のときに「別府らしさを誇る」っていう硬筆の大会があったんですよ。コンクールみたいな。自分で好きな言葉を考えて……。なんて書いたのか、ちゃんとは忘れたんですけど「街を見下ろすと、湯けむりがもくもくと出ているのが別府らしい」みたいなことを書いたら、入賞したんです。でも、それはお母さんが考えた、っていう。
子供だったから、別府らしさとか、わからなくて。しかも私、小学校ぐらいから住み始めて、別府歴4〜5年とかだったから、あんまり景色も見たことなくて。でも、そこで初めて「あっ、そうなんだ。別府ってそういうところなんだな」みたいなことを思いました。
今日お風呂行かん?
うちの近所に親戚の家があって、よく遊びに行ってたんですけど、温泉を引いてたから、疲れた時にいつも入りに行かせてもらってました。そこの家は、半露天みたいな感じに改装してて、すごく気持ちいいんですよ。
だから、憧れてました。家に温泉があるの。
友達同士とかでは「今日お風呂行かん?」みたいな感じで、温泉に行ってました。夜中に暇だから、山の中の秘湯に行こうみたいなときもあって。ドライブして行ったりしてました。ほんと日常ですよ。行ったらおじさんとかが入ってたりするから、入れないこともあるんですけど。
うちの近所には、たまたまあんまり無かったんですけど、お賽銭で入れるところもあるんです。小さい頃たまに行ってました。でもものすごく熱いので、幼い子どもとしては、もうちょっとシャワーとか設備が整っている大きい温泉の方がよかったですね。
あんた、だめやでー
別府スタイルでは、おじいちゃんとかは裸にパンツ一枚で、タオルを首にひっかけて洗面器抱えて温泉に行って、服だけ脱いで入って、そのまま帰る、って感じなんです。だから私たちもそれを見習って、なるべく軽装で、頭に手ぬぐいを可愛く、バンダナみたいに巻いて、ワンピース一枚だけ着て行ってました。
着いたら脱いでそのまま入って、頭についてる手ぬぐいで体の水滴だけ取って出てくる、っていう。シャンプーしたり体を洗ったりしない、というかしちゃいけないところも多いし。
温泉に来てるおばあちゃんとかに言われるんですよ。温泉に入って、立ってお湯を浴びたりしてると「あんた、だめやでー」って。ちゃんとそこに年功序列があって、伝統じゃないけど、おばあちゃんたちがしきたりやローカルルールを教えてくれるんです。それで育ったので、関東の銭湯ではマナーが気になるんです。別府の温泉美学がたぶん根付いてるんだろうな、って思います。ヘリにおしりを掛けて座っちゃいけない、とか。座ってお湯を浴びる、とか、きちんと中で水滴を拭いて出る、とか細かいことから、お風呂仲間との挨拶から湯船の中での粋な会話まで。子どもながらに、色々な人がいるんだーって、多様性とか思いやりとか、温泉の中で学ぶことは多かったと思います。
友永パンのチョコフランス
「香蘭荘」っていうお菓子屋さんが結構いい感じで、ブランデーケーキが有名です。あと、「チョロ松」はいいですよ。居酒屋なんですけど、鴨吸いってメニューとか、りゅうきゅうとか。りゅうきゅうは醤油漬けみたいなものなんですけど、美味しいですよ。餃子の「湖月」とかも。別府が地元の人は、みんな知ってると思います、湖月。「旅手帖 beppu」っていうフリーペーパーがあるんですけど、みんなあれを熟読してくれば、割と間違いないと思います。
あと、別府に行くなら「友永パン」には絶対行ってほしい。朝、みんなが並んでる感じとか、活気がすごい別府らしいなって。小学校の夏休み、図書館で勉強してたんですけど、休憩の時、友永パンでチョコフランスを買ってもいい、っていうのが勉強のモチベーションでした。
映画館だと、「ニュー南栄」っていう成人映画の劇場があって、行ったことはないんですけど、見た目がすごくいい感じなんですよね。消えてほしくないです。あと、「ブルーバード劇場」っていう、別府に唯一ある映画館が、もう……。激推ししたいです。すごく古びてるけどそれがものすごく良くて。ソファみたいな、直角の椅子もあるんですけどそれも良いんですよ。いつもお客さんがまばらにしかいなくて、殆ど貸し切りみたいな感じで映画を観れるし。かかってる映画もすごくいいし、ぜひ行ってほしいです、なくなっちゃうと悲しいから。
同じギャラなら写真を小さく
モデルとしては、最初は「同じギャラなら写真を小さく使ってほしい」と思っていました。有名になることにデメリットしか感じてなかったので……。だけど、ファンが居ることに気づいたときに「いや、いいんですよ」とか言ってたら失礼だな、って思ったんです。「胸を張って私は前に出ますよ」っていうのを言わないといけないんだな、って思って。
やっているうちに「こういう素質なのかな」って。結局、こっちの方が向いているのかなって思ったのが、24歳ぐらいのときに本を出したその後くらいです。ずいぶん遅いんですけど、いいかげん腹をくくろうと思って。
肩書にとらわれないで
最初に演技をしたのは、20歳か21歳ぐらいのときに、友達と映画撮ろうよという話になった時です。いま映像をやっている内田俊太郎くんという人が居るんですけど、その人達と。その映画に出てたのが今泉力哉監督でした。「台詞を喋らなくていいし居てくれるだけでいいから」と言われてやったのが最初です。ずっとレイバンのサングラスをかけてて最後まで取らない、という役でした。
そこから二年後ぐらいに今泉さんと再会して「映画出てよ」って言われて出た時に「ちょっと楽しいかも」と思って。「また何かあったら教えて下さい」というやりとりからちょいちょい呼んでくれて、今に至るという感じです。私はもともとモデルっていう自覚がない、って言ったらほんとうはダメなんですけど。読者モデル出身だし、身長が170cmあるような、いわゆる「プロの」モデルの人には敵わないって思ってたから、自分はなんなんだろう、ってずっと思ってて。モデルというより「青柳文子さん」として仕事をくれていることが多くなってきたので、肩書にとらわれなくていいんだなって。
女優っていうのも言いたいけど、まだはっきりと胸を張っては言えない。でも、言えるようになりたいです。いや、言わないといけない、自信もって。
不言実行が一番かっこいい
あまり頑張ってるところを人に見られたくない派なんですよ。だから、影で努力するタイプかもしれないです。不言実行が一番かっこいいと思ってたから。
昔、エステティシャンとして就職していた時、ノルマみたいなものがあったんです。「今月は何万円売ります!」って社長に言ってたんですけど、それができなかったときに「お前たち、できないならできないって言え!最初から!」って凄く肩を落とされて、そこでかなりのショックを受けたんです。「そうなんだ……」って。
「できると言ったら期待されちゃうんだ!」「完全に100パーセント確実にできるものなら、できると言っていいけど、不確かなものには無責任にできるって言ったらダメなんだ」と思ったんです。「できないかもしれないけど最大限の努力はします」ってスタンスのほうが逆に誠実なのかもしれない、と思いました。だって、できないかもしれないけど、できたら凄く嬉しいじゃないですか。「できる」って言って70%ぐらいよりは。マイナスからプラスのほうがいいのかな、とか。
ふみちゃん、このまま湯布院行く?
学校にあまり馴染めないタイプだったし、親を呼びだされることもよくあって、停学じゃないんですけど、「今日は帰ってください」という日があって。私も落ち込んでて、もう何の言葉も出なくなって無言の帰り道に、母親が「ふみちゃん、このまま湯布院行く?」ってそのまま車で連れて行ってくれたんですよ。
その間私はずっと無言だったんですけど、車内で涙が止まらなかったです。「母、わかってんな」みたいに思いながら。湯布院の金鱗湖っていう所があるんですけど、その周辺をドライブしたり、温泉に入って美味しいものを食べたりして帰りました。心が解きほぐされる、っていう……温泉パワーだと思うんですけど、母も知ってるから口癖のように言うんですよね。「ねえ、今日は温泉入って癒やされよう!」みたいなこと。
温泉はみんな裸で歳もバラバラで……でもお湯の中に入ったらなんだかもうみんな一緒で、超平和じゃないですか。みんなすっぴんだし、なんのかっこつけも、見栄とかもないし。「こんにちは!」みたいな感じで、普段話さないような人達ともコミュニケーションが生まれたりとか。「これが、本当じゃないか」って。
「こうでないといけないんじゃん、世界って」。……みたいに感じさせてくれるから、お湯に浸かる、っていうのは大事な“うるおい”です。
中目黒デッサン〈お湯 at dessin〉展にて